© 2023 by Flora Day. Proudly created with wix.com

私は、変わった幼少時代を過ごしました。

特に今も思い出すことがいくつかあります。

夜の仕事にでかけた母は、昼まで帰らない日もあり、兄たちは不良仲間と出かけ、一人で過ごすことも多かった小1のある夜のことです。

眠くなった私は、半間の押入れから布団を引きずり出し、寝る準備をしていましたが、もう眠くて眠くて。

​敷布団を出したところで力尽き、「明日になったら、(お兄ちゃんが布団を敷いてくれて)ちゃんと寝ているだろうから、このまま寝てしまおう」と、重い敷布団をかけて寝てしまいました。

目が覚めると、私はそのままでした。もちろん一人。

そして、味付け海苔を数枚食べ、ランドセルを背負って学校に行きました。

その後、「お父さん」と呼ぶことになった人と母と3人で住むことになりました。

電話もお風呂もなく、2日に1回の銭湯通い、食事中は二人のタバコでいつも視界は濁っていました。

母は変わらず夜は働きに出て、父は夜飲みに行ってしまうので、7歳になっても夜は一人のことが多かったのですが、ある深夜1時頃、帰宅した父は寝ている私をたたき起こしこう言いました。

「さっさとラーメン作れ」と。

そしていつものようにキャベツと梅干を入れたラーメンを作り、ゴ〇〇リが卵を産んでいるちゃぶ台にラーメンを運び、私はまた布団に入りました。

父からは心身ともに、傷つくことも成長させられることもありました。

家出した兄たちは、線路脇の胸の高さもある草の中で生活していました。

シンナーを吸い、顔つきもしゃべることもおかしくなった彼らが私はとても怖かった。

そして、弱い人間だなと思っていました。

初めて兄の運動会を見たのは、少年院の中でした。

そして、誕生日カードは刑務所宛でした。

私が独立した後、毎月母がかけてくる電話は「さなえ、元気?」と「それでね、あの、お金貸してくれる?」でした。

その他にも簡単に一冊本が書けるくらいの出来事がありました。

 

学校の友達は少しいましたが、心を開くことはできませんでした。

今の私を知っている人は、驚いてしまうと思うので、

詳しいことは書けませんが、とにかく心身ともに不衛生で、普通ではない幼少時代でした。

18歳で独立した私は、とても堅実でした。

自炊はもちろん、仕事と資格取得の勉強、実家への仕送りをしながら一人で暮らしていました。

けれど、自分はどうして人の気持ちがわからないのか?

なぜ、理由もなく悶々としたり、泣き出したり、感情をコントロールできないのか?

私はどうなりたいのか?

私は一体何のために生きているのか?

私は一体誰なのか?

と毎晩ノートに書き綴り、自問自答を繰り返していました。

社会に出て、友達もでき、私の過ごした環境がおかしかったのかも?と気づかされることがたくさんあり(不健全な劣等感)、もしかして、幼少時代の環境が18歳になっても、堅実に生きている私に影響を与えているのかもしれない、とある時気がつきました。

その後、未来のパートナーとなる彼ができ、たくさんの幸せと常識を教えてもらいました。

それでも情緒不安定になる私を、彼はどうしていいかわからないまま、ただずっと一緒にいてくれました。

何時間も意味の分からない私の話を聞き、2時間だけ寝て会社に行くような日もありました。

私は自分の履歴を塗り替えなくては、このまま彼に迷惑をかけることになる。

過去に縛られたくない。私は自身と自信を取り戻したい。

そう思い、結婚後、独身時代のお金で、単身1年間のワーキングホリデーに出かけました。

英語もしゃべれない私が、外国で働き生活をした経験は、私に自信を与えてくれました。

帰国後は、「よく旦那さんが許してくれたね」「お金も出してもらったの?」「旦那さんご飯はどうしてたの?」と、そんな言葉をよく掛けられました。

 

誰も、私がどんな生活をしてきたか?などには興味がないことに悲しくなりましたが、主人への感謝の気持ちと、こんなに理解のある人が私をパートナーとして選んでくれたことでさらに自信がつき、私は孤独で惨めだった幼少時代の履歴を、自らの力で塗り替えることが出来たのでした。

それからは、自分のしたい人生を送ってきました。

趣味だった手づくりを仕事にし、ニット講師や子供の手芸教室を運営。

誰に何を言われても、その人がどう思おうと、それはその人の自由。

私はその人の世界に住んでいるわけではないから、

私は私が思った通りに生きていくんだ、と好きなことだけをしてきました。

そしてこのままニット講師や子供たちに手芸を教えながら、作品を提案し作り続けていくのだろうと思っていたのですが、2017年になると、「私は他にやらなきゃいけないことがあるんじゃ?」と心がざわめきだしました。

今までずっとアウトプットばかりしてきたから、何かインプットしたい。

モノづくりの何かなのか?それとも他の何かなのか?

と悶々としていたある日、生徒さんから「数秘」の話を聞き、とても興味のわいた私は、すぐに数秘の講座を受講しました。

そして、生徒さんや友達の読み解きを趣味でしていく内に、数秘の素晴らしさに気づくと共に、何か物足りなくなってきました。

そこで、人生2回目となる「スピリチュアルカウンセリング」というものに行ってみました。

占い(数秘は統計学)に興味もなく、手相さえ見てもらったことがない私が、です。

よっぽど切羽詰まっていたのでしょう。

そこで、「こっちが側にきたらどうですか?」と言われました。

元々霊能力もあるみたいですし、と。

何でもいいのでインプットしたかった私は、すぐに講座を受講しました。

けれど、どうしても心がざわつくのです。

「違うよ、これじゃないよ、違うよ」って。

そしてそこを8か月ほどでやめ、どうしたもんか?

と、Amazonキンドルで本をひたすら読んでいるときに、

現在の私のお師匠さんとなる方の本

「人生の法則:3,000人の前世療法から明らかになった真実」に出会い、本物に出会えた!と魂が揺さぶられ、今に至っています。

また、スピリチュアルカウンセラーの並木良和さんの伝えていらっしゃることも大好きです。

過去の辛い出来事は、全て今の私の幸せに繋がっている。

惨めな出来事も全て、幸せになるために自分が選んできている。

誰に諭されるのではなく、自らが気づき腹に落とすこと。

それに尽きると思います。

2017年 ヤギコーチオンラインセミナー修了

2017年 フォレスト式前世療法講座 修了

2017年 UEプラクティショナー取得

2018年 米国催眠士協会(NGH)認定ヒプノセラピスト

ヒーリングスペース Rubber-Green

保坂早苗 1974年生まれ 水瓶座